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『花束みたいな恋をした』感想ブログ|クロノスタシスをきっかけに観たら、大切なことに気づかされた

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『花束みたいな恋をした』感想ブログ|クロノスタシスをきっかけに観たら、大切なことに気づかされた話

◆きのこ帝国の『クロノスタシス』を聴きたくて

私が映画『花束みたいな恋をした』を観ようと思った理由は、正直ちょっと変わっているかもしれません。
きのこ帝国の楽曲『クロノスタシス』が劇中に流れると聞いて、それがきっかけでした。
この曲には、時間が止まったような一瞬の感覚、切なさと静けさが混ざり合ったような不思議な魅力があり、かねてから大好きな一曲。
そんな『クロノスタシス』が物語のどこで、どう響くのか。それだけを知りたくて、私は本作を観始めました。

◆観て良かった。理由はセリフと"ふたり"の距離

結論から言うと、観て本当に良かったと思っています。
たしかに『クロノスタシス』は印象的に使われていましたが、それ以上に心に残ったのは「セリフの言い回し」と「ふたりの距離感」。
菅田将暉演じる麦、有村架純演じる絹。それぞれの言葉選び、間の取り方、沈黙の重みがすべて、まるで本物の若いカップルを覗き見しているようなリアリティを持っていました。

共通の趣味で意気投合したふたりが、同じ電車に乗り、同じ喫茶店で本を読み、同じ未来を描こうとする。
でも、やがて社会に出ていくにつれて、少しずつその“同じ”がすれ違いに変わっていく……。
まるで砂時計のように、少しずつ形が崩れていくふたりの関係が、丁寧な演出で静かに描かれます。

◆人の心は移りゆくもの

本作が優れているのは、「恋の終わり」を安易に善悪や成功失敗に結びつけないことです。
結婚をしなかったからといって、この恋が失敗だったわけじゃない。むしろ、ふたりが一緒に過ごした日々は、誰よりも“花束”のように美しかった。
でも、人の心は移りゆくもの。
社会に出て、それぞれの職場や生活が生まれ、価値観が自然と変化していく。
相手を大切に思っていても、どこかで「自分の人生」を優先せざるを得ない瞬間が来る。
それを無理に止めることも、責めることもせず、ただありのままに描く誠実さが胸に響きました。

◆コミュニケーションの大切さ

特に印象に残ったのは、ふたりの間に言葉が足りなくなっていく過程です。
初めのうちは、ちょっとした映画の感想や本の一節を通じて心を通わせていたふたりが、忙しさや気まずさの中で、少しずつそれを失っていく。
「聞かなくてもわかると思ってた」「言っても仕方ないと思ってた」――そんなすれ違いが重なり、気づけば話さなくなっていた。
でも、それこそが一番大きな断絶だったのかもしれない、と感じさせられます。

「話すこと」「聞くこと」「伝えること」の大切さを、これほどまでに優しく、でも確かに突きつけてくる映画はなかなかありません。

 

◆まとめ:恋は人生を彩る「花束」

『花束みたいな恋をした』は、いわゆる「失恋映画」ではありません。
恋の終わりを描いているのに、どこか温かくて、やさしい。
人生の中で、一度は誰しも経験する「すれ違い」や「価値観の変化」。
それをこんなにも自然に、美しく、でも痛みを伴って描いてくれる作品は、そう多くありません。

「変わらない気持ち」なんて、もしかしたら幻想かもしれない。
でも、「あのときの気持ち」は確かに本物だった。
そう思わせてくれるこの映画は、まさに“花束”のように、人生の一部として胸に残る作品でした。